2007年09月28日

the sun also rises

小学生の頃だったか・・・母に付き合い、宝塚歌劇団の「誰がために鐘はなる」を観て以来、Ernest Hemingwayの作品は私にとって重要な位置を占めている。
中でも、「日はまた昇る」は、高校生の頃から何度も読み返している、まさに私の愛読書なのである。

日はまた昇る

新潮文庫で、大久保康雄氏の訳から高見浩氏の訳に代わったのは4年ほど前のこと。
大久保氏の訳を読んでいた10代の頃は、前半のパリを舞台とした主人公ジェイクブレッドの会話や彼らが訪れる店などに魅力を感じていたが、歳をとるにつれて、ジェイクの抱える問題や中盤のブルゲーテでの鱒釣りのシーンや、後半の−この物語のクライマックスである−ペドロ・ロメロが登場するパンプローナでの闘牛のシーンに魅かれて行くのだった。

この物語は中盤からスペインに舞台を移すのだが、この作品をきっかけにスペインに対する憧れが増していった。
パエリア、リオハのワインから・・・フラメンコ、リーガ・エスパニョーラ、そして闘牛まで。
いつか、スペイン語を学んで(巻き舌ができずYUKIにからかわれるが・・・)、現地で闘牛を観戦することが夢の一つなのだ。

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今朝の朝日新聞に”スペイン 闘牛離れ〜バルセロナで今季限りで廃止も”という記事が掲載された。
バルセロナのスペインからの独立意識や動物愛護精神の高まりが原因で、残念ながら近年は闘牛場は空席が目立つようだ。
記事の中で最も印象深かったのは、闘牛関係者や評論家のたまり場となっているレストランの主人ロサ・ヒルさんの言葉。

”どんな文化もそうだが、量は質を殺す・・・衰退の責任は質の低下を受け入れた闘牛ファン自身にもある”

この言葉の背景には、1960年〜70年代にかけて闘牛人気が高まった時、質より量が重視され、スター闘牛士を長持ちさせようとして弱い牛をあてがう興行が増えたことによる客離れがある。

闘牛は娯楽だ・・・だが、死の危険を感じさせない温(ぬる)い戦いは、観るものを闘牛場から遠ざけたのだろう。
サッカーも同じ・・・温いプレーはスタジアムから観客を遠ざける。


PAPAより
ニックネーム KAITO Mommy at 22:21| Comment(2) | PAPA−日記(-2007年11月)
この記事へのコメント
私は宝塚歌劇団を一度も観た事が無いので、一度観てみたいです。たまにテレビで宝塚の番組を見るとすごい練習量と内容ですものね。気になります。スペインと言えば闘牛、闘牛と言えばスペインと言っても過言では無い国の象徴とも言えるものが無くなるのは寂しいですよね。PAPAさんのおっしゃる通り、サッカーも生温いプレーが続けばきっとスタジアムから観客も減ることでしょう。いつまでも活気あふれる日本サッカーである事を望みます。
Posted by WILD NORI at 2007年10月08日 19:56
>WILD NORI様
”宝塚歌劇団”・・・鳳蘭サンの迫力と遥くららサンの美しさは今でも記憶に残っています。
”温いプレー”・・・プロにこのようなプレーを見せつけられると絶望的な気持ちになります。
この国のトップリーグのチームが、本当の意味でプロフェッショナルとしてプレーできるのは、いつになるのでしょうか。
Posted by PAPA at 2007年10月08日 20:18
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