中でも、「日はまた昇る」は、高校生の頃から何度も読み返している、まさに私の愛読書なのである。
新潮文庫で、大久保康雄氏の訳から高見浩氏の訳に代わったのは4年ほど前のこと。
大久保氏の訳を読んでいた10代の頃は、前半のパリを舞台とした主人公ジェイクとブレッドの会話や彼らが訪れる店などに魅力を感じていたが、歳をとるにつれて、ジェイクの抱える問題や中盤のブルゲーテでの鱒釣りのシーンや、後半の−この物語のクライマックスである−ペドロ・ロメロが登場するパンプローナでの闘牛のシーンに魅かれて行くのだった。
この物語は中盤からスペインに舞台を移すのだが、この作品をきっかけにスペインに対する憧れが増していった。
パエリア、リオハのワインから・・・フラメンコ、リーガ・エスパニョーラ、そして闘牛まで。
いつか、スペイン語を学んで(巻き舌ができずYUKIにからかわれるが・・・)、現地で闘牛を観戦することが夢の一つなのだ。
-------------------------------------------------------------------------
今朝の朝日新聞に”スペイン 闘牛離れ〜バルセロナで今季限りで廃止も”という記事が掲載された。
バルセロナのスペインからの独立意識や動物愛護精神の高まりが原因で、残念ながら近年は闘牛場は空席が目立つようだ。
記事の中で最も印象深かったのは、闘牛関係者や評論家のたまり場となっているレストランの主人ロサ・ヒルさんの言葉。
”どんな文化もそうだが、量は質を殺す・・・衰退の責任は質の低下を受け入れた闘牛ファン自身にもある”
この言葉の背景には、1960年〜70年代にかけて闘牛人気が高まった時、質より量が重視され、スター闘牛士を長持ちさせようとして弱い牛をあてがう興行が増えたことによる客離れがある。
闘牛は娯楽だ・・・だが、死の危険を感じさせない温(ぬる)い戦いは、観るものを闘牛場から遠ざけたのだろう。
サッカーも同じ・・・温いプレーはスタジアムから観客を遠ざける。
PAPAより
![Powered by 269g[ブログ・ジー]](http://269g.jp/img/269g.gif)
”宝塚歌劇団”・・・鳳蘭サンの迫力と遥くららサンの美しさは今でも記憶に残っています。
”温いプレー”・・・プロにこのようなプレーを見せつけられると絶望的な気持ちになります。
この国のトップリーグのチームが、本当の意味でプロフェッショナルとしてプレーできるのは、いつになるのでしょうか。