6人兄弟の次男である父は東京に出てきたが、彼の兄弟姉妹や親戚のほとんどは田舎に住んでおり、我が家も、数年前まではYUKIとKAITOを連れて、毎年のように稲刈りの手伝いに行っていたものだ。
そんな田舎に住んでいた父方の一族は、通う学校も限定され、高校は県立韮崎高校と決まっていた。
韮崎高校・・・そう、中田英寿氏の母校である。
そんな、中田氏のサッカー部の先輩であり、私の従兄弟のTとしクンの同級生でもあった、羽中田昌氏の新刊を読んだ。
[撮影:YUKI]
羽中田氏は、19歳で交通事故に合い脊髄を損傷し下半身不随となり、現在も車椅子での生活を余儀なくされている。
しかし、サッカー指導者になる夢をかなえるべくバルセロナに留学し、帰国後は私立暁星高校コーチを経て、日本サッカー協会公認S級ライセンスを取得し、Jリーグの監督を目指しているのだ。
夢からはじまる−
”バイク事故で胸から下の機能を失い、歩けなくなった日。この日を境に第二の人生のはじまり、はじまり。歩けたころより、私の胸の高鳴りは倍増した。・・・車椅子に乗って、初めて一人で散歩に出かけた日。・・・妻に結婚を申し込んだのは動物園。・・・中国へ渡る日もそう。妻と二人、一年間の予定で気功治療を受けるために渡中。中国語はさっぱりわからない。・・・スペインへ渡る日もそう。サッカーの本場で監督修業をするために渡西。・・・五年間住んだスペインから帰国した日。日本は、私たちを優しく迎えてくれるだろうか。二人でスーツケース一つで帰ってきた。お金は全部、経験に変えた。・・・監督を任された初めての試合。結果は1-8の大敗だった。胸が締め付けられた。・・・S級ライセンスの講習会、スタート。重圧、プレッシャー、不安、屈辱、学ぶ喜び、達成感、試験、再チェレンジ・・・S級認定は、2006年9月15日だった。そして、次の夢のはじまり。”
読みながら、大江健三郎氏の「見るまえに跳べ」という作品を思い出した。
”高鳴る心臓の鼓動は、夢へとつながる扉のノックだった。”
羽中田氏の今後の益々の活躍を祈っている。
PAPAより
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怪我で選手生命に終止符を打った後の今日に至るまでの活躍は同世代の我々にも奮起させてくれる存在ですね。
もっと彼の存在は多くの人に知って貰いたいです。
羽ばたく中田と書いて羽中田。。。何か因縁があるのかな?
桔梗信玄餅を食べながらコメントしています。
北巨摩甲斐大泉在住暦8ヶ月(約20数年前)のShog'papa
我々何不自由無い生活をしている中ではそれが当たり前と思いがちですがそこには色々な危険が潜んでいるのも事実。
しかし、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
極端かもしれませんがチャレンジ無くして
成功が無いのも事実。
何をするのも危険と成功は隣り合わせですね!
私の母方の実家も山梨県勝沼町、子供のころ夏の暑い時期になるとぶどう畑に侵入し出荷前のぶどうを盗み食いしてたなぁ〜。
ゴメンナサイ!
Shogo'papaさんもこの本読まれたと聞きました。
現在の彼の活躍と更に階段を上ろうとするその精神力は、我々に勇気を与え、我々の甘さを叱責してくれます。
事故がなかったら・・・という一節がありましたが、事故があろうがなかろうが成功を掴み取るハートの強さは不変なのですね。
ShogoやYUKIがもうちょっと大きくなったら読んでもらいたい一冊です。
>鬼審判様
クラマーの理念からすると、羽中田さんは教える立場として失格になるんでしょうか。
しかし、大きなハンディを跳ね除けてS級ライセンスを取得した彼の努力を賞賛の言葉が思い浮かばないほど素晴らしいものです。
身体の不自由・・・というよりも誰しも足りない部分を持っていて、それを乗り越えることはハート次第なのだなぁと改めて感じました。
>ピロリン様
五体満足なのが当たり前の状態でいる私としては、その有り難さを身にしみて感じる今日この頃・・・。
鬼審判さんのおっしゃるように、我々が指導者をめざすことも遅くはありませんね。
共に頑張りましょう!(^^)!
>WILD NORI様
まず・・・ピロリンさんも聞きなさい(=_=)
盗み喰いはダメェ〜<`〜´>
山梨で農業を営んでいる親類が多数存在する私としては、ひとこと言いたかったのだ!
・・・しかし、私も何度も小学校の近くの家の庭からハミ出していた(?)ザクロを美味しく頂きました(^^)v
彼が現実を受け入れるまでの過程は、やはり家族と彼を愛する人の力によるものが大きかったようです。
”今という時間を大切に、そして自分に納得のいく様に生き”る・・・私もWILD NORIさんに同感です。
サッカーという楽しみを共有して、お互い理想の生き方を極めましょう(^^♪