現在、母校には立派な屋内プールができていて、後輩たちは快適な部活動の時間を過ごしていることだろう。
我々の時代は、オフシーズンには週の半分を”浦和スイミング”にお世話になり、残りの半分を所謂”陸トレ”で過ごした。
そして、ゴールデンウィーク中に屋外プールの掃除&水入れを行い、5月から文化祭が行われる9月まで、屋外プールでの練習が続くのだ。
水が入りたてのプールは冷たいし、梅雨の時期雨の降る中練習をするので、本当に快適に練習ができるのは夏休み直前の合宿が終わった頃からになる。
そんな苦しくも楽しかった高校時代の水泳部ライフを思い出したのは、今週日経朝刊に連載された、北京オリンピックに臨む彼女の記事を読んだからかもしれない。
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2005年に日本選手権女子200m平泳ぎで優勝し、同年の世界選手権で4位と絶好調だった、当時大学1年生の種田恵選手は、”突然、不安の底に突き落とされた”。
通っていたスイミングクラブのコーチが失踪し、そのショックで体調を崩してしまいスランプに陥ったのだ。
しかし、”そんなとき、籍を置いていただけの大学の水泳部が手を差し伸べてくれた”。
プールの6コースのうち1つを彼女に与え、専属のマネージャーまでつけてもらった。
神奈川大学水泳部監督・舟橋道成氏は、”「1人でなく、みんなで活動するんだ、というものを知ってほしかった」”という。
こうして、仲間たちによって彼女の心は癒え、”「世界選手権で(世界と)戦えるんだというイメージを感じた。自分の可能性を試したくなった」”というところまでモチベーションを取り戻した。
その後、シドニー五輪背泳ぎ銀メダリストの中村真衣選手を育てた竹村吉昭氏の門を叩く。
彼は”所属クラブのある新潟・長岡を離れられず、異例の遠距離指導が始まった。”
練習メニューとタイムやストローク数のデータのやりとりをしながら、一人ストイックに練習を続ける。
”手抜きもできる環境下で「さぼらず練習を続けられる強さを感じた」と竹村。
種田も「練習でウソを書いても、試合のタイムはウソをつかないから」と必死に練習を重ねた。”
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水泳は、突きつめれば過去の自分自身の記録と戦うスポーツ。
つまり、自分の性能をどこまで高められるかというところに、その醍醐味がある。
最近は、”レーザー・レーサー(LR)”ばかりフィーチャーされているが、北島康介選手のTシャツのメッセージにあるように「”I AM THE SWIMMER-泳ぐのは僕だ”」・・・そう、泳ぐのは選手自身。
北京オリンピックでは、水着騒動を気にしつつも、ストイックな練習を続けてきた才能溢れる若者たちの泳ぎをしっかり見たい。
”・・・種田はやんわりと「五輪でメダルを取った日本選手は多くが平泳ぎ。私も世界で戦えるこの種目が得意でよかった。」”
私も平泳ぎを専門としていたこともあるので、北島・種田両選手の北京での活躍を楽しみにしている。
PAPAより
2008年06月21日
アテネを継ぐ者
ニックネーム KAITO Mommy at 11:52| Comment(0)
| PAPA−日記
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